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 核・戦争
 汝の隣人を愛することは、最も難しいのかもしれません。家のお隣さん然り、隣国然り。イエス・キリストが語る本質的な言葉と理解しています。

 自分の故郷は富山県旧新湊市です。実家の米穀店ではロシア人と交流があったので、年配の方々が抱いていた「ロシアのこん畜生」という念は薄いものでした。親父はそうではなかったでしょうが、顔に出すことはありませんでした。

 ロシア特有な考え方は、プーチン大統領に始まったものではありません。おそらく、未来永劫変わることがありません。諦めの言葉に聞こえるでしょうが、上手く付き合っていくしかないのです。

 日本人は一枚岩になりやすい民族だと感じています。それは「何故こんな酷いことをするのか?」という基本概念があるからと考えています。良くも悪くも、これが日本の風土です。

 逆に中国人は「何故やらないのか?」と言う人が突出しています。日本人と中国人が相容れない点と思います。

 ロシアの首脳陣は、いつの時代も「負けるはずがない」と考えています。中国とはこの点が異なります。いずれの過去の戦争においても、ロシア兵の戦死者が突出しています。大人数で威圧するやり方は、今回のウクライナ侵略でも昔ながらのロシアのやり方です。ウクライナがロシアの侵略を跳ね返せる可能性は、ここにあると思います。

 ロシアがベラルーシに核ミサイルを使わせる可能性が高く、その時点でモスクワを容赦なく壊滅させる意思があるのかと言えば、西洋諸国にはありません。自国への核攻撃以外は、報復核はロジスティックスには行われません。ロシアの核ミサイルがロックされていないだろう中国の核ミサイルで、この馬鹿げた戦争が終結するかもしれません。中国もロシアの隣人です。
 
 戦争拡大は避けたいが、戦争を仕掛けてきた者を野放しにすることはもっと酷い結末を生む。

 戦いとは、反射的に反撃する姿勢を貫き通しておかなければ、絶対に損をする。今の日本の状態では、仕掛けられたときにどうなることやら。確固たる姿勢が、未然の抑止力となるものだ。

 ウクライナの兵力だけでは、ロシアには到底かなわない。しかし、どのような終結に至っても、ロシアはただでは済まない。

 ロシアは、ベラルーシからロシア製の核ミサイルを試させると考える。かつて、アメリカ合衆国が日本に原爆を2発落としたのと同じ名目で。核ミサイルを保有しているだけでは面白くなく、核ミサイルを撃てる仕組みを作りたいのだと感じる。ベラルーシと北朝鮮は、その最前線といったところだろう。北海道への侵略も想定しておくべきだ。

 ロシアも、独裁政治をやめれば、世界最大の自由主義国になれる。独裁政治がいかに危ういか、ここ数年のロシアや中国を観ていてそう思う。オリンピックでもルールを破ることから、もはや思考回路が自分たちとは異なっていると考えなければいけない。日本でも、かつて安倍晋三首相が独裁政治まがいなことをしていたが、レベルが違う。独裁政治が許されるのは、変革期のごく短期間が望ましいと考える。

 自分は、許せないことをした人、付き合えば損する人とは、縁を切ることに決めている。八方美人で反撃をためらい、人生でどれだけ悔しい思いをしてきたことか。悔しさをバネに変えてというけれど、叩きのめされた心は簡単には癒えるものでは無い。まあ、友人はお互いに選ぶものだ。なお、奈半利町民として奈半利町役場とは、付かず離れずでお付き合いしている。

 話をもどして、戦争反対をいくらどのように叫んでも、プーチンの心には響かない。誰が仲裁しても、時間稼ぎに過ぎない。これは変えようがない。取るべき手段は限られている。
 

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