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十畳合気道場
どのように学びを進めるか

 師は『感覚』を学ばせようとしますが、自分のような愚弟は『型』をしっかり教えて欲しいとせがんだものです。教わるほうは、分かりやすい公式をいっぱい覚えないと、前に進んだ気になりません。しかし、公式を使って簡単に早く解けるよりも、公式は必要最低限で、公式同士の関連、公式の導き出し方、公式の意味付けを吟味するほうが、本質に繋がるものです。このボタンの掛け違いに早く気づけば、もっと充実した時間を持てるのかもしれません。

 『体力と感覚』『型と術』もちろん両輪で習練しなければいけません。型は物理的なもの、術は感覚の具現化を目指したものと区別しています。しかし、多くの場合は、利を急ぐあまり、手っ取り早く筋力を鍛え、中身の薄い型を繰り返し、勝ちパターンを作ろうとします。自己中心的な練習形態になりがちで、とても必勝とは思えません。

 当道場では、『感覚』と『術』に比重を置いて習練しており、それらが身に付けば、すぐにでも『型』が使えるようになり、『体力』も有効に使えるようになると考えています。百の力より一の感覚、千の型より十の術ということです。

 一見矛盾していると思われるかもしれませんが、道場では、日常でもできることを教えています。もちろん、人を投げ飛ばしたり、技を試せるのは道場ぐらいなものですが、『気付き』こそ、道場の存在意義であると考えています。道場で試して気付き、日常で時間を掛けてものにする生活様式を確立してみて下さい。

 ついさっきまでの自分と、今の自分の差を感じ取れる習練を重ねることが大切です。同じことの繰り返しに見えても、毎回違うことに気づくはずです。そして、それは教える側も同じです。

 詳細は各章に記載するとして、当道場における学びの流れを紹介します。
 
1.常識を疑う
 世捨て人の世迷言のようなに聞こえるかもしれませんが、本質に気づくには、こんなことまで疑うのかという徹底さが必要です。人を疑っても仕方がなく、言葉を疑います。

 知識が、調子を狂わせたり、習得を邪魔することがあります。言葉は、集約し過ぎた余りに、勘違いを誘ったり、幾つもの解釈を生じさせたり、他流は間違いという盲目を生じさせることがあります。上下相髄、臍下丹田、腰回し、手刀、摺り足、呼吸力、合気上げ、円の体捌き、円転無窮など、言葉の響きから早合点してはいけません。

 また、子供たちが、相撲を1週間習ったあと、合気道の練習にならなかったことがありました。相撲と合気道は、決して相反するものではありませんが、力士の名の通り、力を出すことに先走ってしまい、無茶苦茶になりました。指導者としての限界というより、子供たちに教えることの難しさが浮き彫りになった一例です。

 力学的法則も大事ですが、『心体の原理』と呼べる異なる次元で、合気道は成り立っています。円といえば遠心力が思い浮かびますが、合気道では直接的に振り回すといった遠心力は無用なのです。
 
2.合気錬体
 『基本』と『基礎』は、似通った言葉ですが、履き違えると永遠に門が開かない状態に陥ります。

 転開は後45度→後90度→前90度と捌くと、初心者に教えます。実は数字には意味が無く、指標ですらありません。従って、この角度で捌くのが基本であるという言い回しには、語弊があります。本当の基本は数字と別のところに有り、身勝手な動きを自制した捌きである基礎を繰り返すことにより、気付きを促しているのです。

 次の段階として、30度(浅い)、60度(深い)、120度(開き)と教えていますが、実戦に近づくものの、この数字にも正確な意味はありません。適時、段階を上げて練習を行っていけば、数字に意味の無いことが、より実感できることでしょう。

 基本は、「相手がどう感じているかを感じる」ことで、「相手と自分を融合する」ことです。基本に戻れと言われて、角度に拘る練習を繰り返しても徒労に終わることでしょう。意味の無いことを100万回反復練習しても報われません。

 『合気錬体』とは、合気道を吸収できる心体をつくっていくことを目指すものであり、当道場で行っている練習は、基本練習ではなく『基礎づくり』であると認識して下さい。技の型は、柔術、剣術などからの借り物。そう気づけば、この捌きでは戦えないという疑問は、払拭されるはずです。
 
3.相手がどう感じるか
 微重力空間に相手と自分をいざない、相手の力を無効にして、僅かな力で相手を倒します。技を掛けられている相手は、身が浮いて大地からの支えを失い、渦に投げ入れられたと感じるはずです。

 相手から離れているところで、相手に影響を与えます。何かがおかしいと感じる、そちらに動きたくなる、一瞬動けなくなる、中途半端な攻撃になるといったものです。

 間合いを制御する術が重要です。相手に拳で攻撃させるなら、相手の肘に触れることが、自分の間合いになります。相手が考えているより、遠い間合いで攻撃しているのです。

 さらに、相手に触れているところと別な部分を攻めています。相手の意表を衝くというより、どう攻められているのか分からないので、うまく対処できないといったところでしょう。

 視点は3つあります。外から見ている第三者、そして相手と自分です。第三者や自分の視点では、永遠に本質に辿り着けません。相手の視点に立って事象を考察することが大切であり、それ自体が本質と言えるでしょう。
 
4.心臓
 自分の心臓を意識します。点でなく、大きさと重さがあるものとして捉えて下さい。心臓を傾けて歩き出したり、体外に取り出して浮かせてみたり、落としてしゃがんでみて下さい。心臓を含めた体の上部を上澄みと呼んでいますが、これを移動させるとイメージしてみて下さい。今までの体の重さは何だったんだと思えるはずです。

 体の捌き、体の崩しに直結しています。心臓の表面、相手の心臓、心臓の真の場所と、理解を深めていくことになります。
5.薬指
 それぞれの指には特徴と役割があります。一見どうでもよさそうな薬指の効能を知れば、まさに眼から鱗でしょう。手刀のみならず、運足についても、足の薬指が重要です。

 手刀は、五指として使います。まあ、一指と四指としても使う場面もあり、架空の六指目を相手に埋め込みもします。導く指は、人差し指や小指や親指ではなく、薬指です。繊細な軌跡は、薬指によって描かれます。
6.摺り足
 摺り足では素早い動きができない、と考える人が多いでしょう。それは、ベタ足やズリ足といった類で、そもそもやり方が誤っています。『濡れた半紙を破らず』として、摺り足はもっと軽くて、浮いたり、瞬間移動するものです。

 足指に頼らず、足裏三点を土台とするアーチで立ちます。足裏の使い方一つで、動きの良し悪しが決まります。

 運足は、すべて指先から進みます。一見、踵から下がっている動きも、意識の中では、薬指を意識して指先から下がっているのです。
7.剣
 木剣を振ってみます。手刀を武器とする合気道は、剣術の要素を多く含んでいます。手刀のベクトル、手刀の反しが身に付きます。

 技の練習では手加減しなければいけないものの、剣の素振りは思いっきり行います。
8.半分
 各動作は、主に手刀で捌き、主に体で捌く二段階で行います。手刀で捌くところが、糊しろとなります。この二段階の動作が積み重なって、技となります。

 また、左右の手刀は、各々の役割があり、同じようには動きません。

 全力で行わず、丁度よい程度と定義した半分で繋げていきます。ロボットのような動きだったものが、滑らかな動きに変化するでしょう。
9.空間的武器
 空間に、帯/扇/玉/波/渦/人/影/剣/軸をイメージします。自分や相手の体内、体外、離れているもの、包むものがあります。筋力からではない効果を引き出す術です。
10.体捌き
 単独動作である体捌きは、単なる型ではなく、むしろ、相手に振り回されずに、イメージを膨らませる意味合いが強いと考えています。どのような感覚で行えばいいのか、その糸口を探します。
11.相対体捌き
 従来は「体捌き → 相対体捌き → 技」の順序で教えるものです。相対体捌きは、技への掛け渡し的な位置づけとした慣れの型だけではもったいない話で、相手をつけて感覚や術を確かめ、要素を洗練していくものとして習練します。相手を倒すことは二の次です。
12.技
 初回から、技のようなものをやります。初歩的な動作も、技に結び付けて学ぶと効果的だからです。こんな技に繋がるのかと少しでも納得できれば、単純な動作の習練も面白くなるでしょう。

 呼吸投げを、名人技と捉えずに、むしろシンプルな技として、最初の段階で題材に取り上げています。相手を感じるのに、最適だからです。

 本格的な技は、初段位に達してから行います。技は、手取り足取り教えるものでもなく、感覚/イメージ/術の総復習といったところです。「体を45度、90度に開いて」と言われれば、機械的にピッタリ動くのではなく、その前、その間、その後、どうなっているのか考えます。

 無闇に、技の種類を増やしません。型を覚えること、覚えを維持することに、多くの時間を使うことに成りかねないからです。普段から技を小出しに紹介していますが、本質の理解度がある程度の域に達すると、それほどの説明無しに、自然と技がこなせるものです。
13.受身
 命取りにならないように、急所を外すことが肝心です。しかし、真の技は、そう考える暇をも与えません。受身は、無意識に発動するようにしておかなけらばいけません。

 急所を落とされても、力や速度をどうやったら散らすことができるのかが、命題となります。空間をつくり、その空間を潰していき、体全体で受け流します。急所を守るために、空間を維持するだけでは、不十分なのです。車が衝突したときに、あえて外側が壊れて、車内の人を守るようになってきたのと同じ理屈です。

 相手の技から逃れ、相手の追撃をかわし、さらに反撃できるまでに高めたいものです。
 

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