ガレコレ [Garage Collection]
2016年3月25日(金)
五教 #■合気道
 しばらく、一教と称して、『直突一本捕』を集中して練習してきた。直突一本捕は、先生の鉄心会初伝十ヶ条の基本十形(一)である。先生は、常々「奥義を練習しなさい」との言葉と並列して「一本捕を修得すれば、ほとんどの技ができるようになる」とも言っておられた。先生が一本捕で押さえて、相手の脇に蹴りを放ち、突き飛ばす様を思い出す。

 その一本捕の練習も、ある程度のレベルに達したとみて、五教の練習に切り替えてみた。案の定、道場生は馴染めないようである。

 五教は、先生の鉄心会初伝前四ヶ条一~三(七)関節極め押し倒しとなっている。一般的には『腕伸ばし』と呼ばれている。

 一教と五教の技の性質は、ほとんど変わらない。五教は積極的に相手の手先に働きかけている程度の差である。

 片手持ちであればどうやって手解き掛けにもっていくか、短刀突きであればどうやって刃物を無効にするかが、より積極的であるということである。

 五教の練習に先立って、歩みの際に木刀を持たせて、半身を反転するときに、木刀を左右持ち替えさせた。日本刀ではない動きであるが、あくまでも手刀の使い方の練習の一環としてやってみた。意味が分からないと言われた。まあ、合気道の動きは、コロンブスの卵なので、器用な人であれば、言えばその通りに上手に動ける。それでは、面白くない。

 簡単に言えば、掴み手を替えてから半身を反転する(180度転体)。半身の反転の途中で持ち替えるのではない。これが、五教の技に大きく影響するところなのだが、道場生からの賛同はよく得られなかった。まあ、数回やれば分かるでしょう。

 手解きは、親指(一指)を攻めればこじ開けられる。手解き掛けは、親指(一指)を攻め、四指を整え、隙間のある輪の切れ目を、知恵の輪のように抜き、五指の第二関節に働きかける。

 いい塩梅は、薄過ぎず、辛過ぎず。

 五指の第一関節では解けてしまい、指球では再び捕まってしまう。親指(一指)で抜けば解けてしまい、四指では再び捕まってしまう。

 相手が手を離そうと思っても離れないと表現されることが多いが、手の掴み離しの自由が奪われるというのが正しい表現であろう。

 さて、前置きが長くなったが、片手持ちで持たせたり、短刀を持った腕にくっついたりした手刀は、レ点の返しを繰り返し、半身を反転したときに、自分の体に戻ってくる。手刀は別段回転していないが、ちょうど地球と月の動きよろしく、絶対的には半回転している。相手を引っ張って前に出すのでもなく、遠心力で振り回すのでもなく、相手が前に捻って崩れるのである。

 手刀の主導を左右切り替えて、相手とくっついていた手刀は、手解き掛けとなる。主になった手刀は、相手の手先の自由をさらに奪い、手首を極めるようにして、相手の腕を反し制する。
 
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