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ガレコレ
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【■合気道】
 ガレコレ店舗兼住宅の空き地に、仮設道場を組み立て中で、4月から本格稼働する予定である。

 奈半利町教育委員会に用事があったついでに、その旨を伝えた。さらに、加領郷小学校の体育館を使わなくなるが、奈半利町体育会に所属していたいとお願いしたところ、今まで通りの練習曜日は使えるようにしておくとのことでした。有難い限り。
 
 自分が学んできた合気道において、『腰回し(腰回り)』は、流派独特のものである。この腰回しを習得するための単独動作である『体捌き』もそうである。

 2007年1月に、十畳合気道場を開設してから、約10年間、腰回しについては、語ることをほぼ封印してきた。自分自身、不確実なところが多くあったこともその理由だが、道場生が本質および方向性を間違って吸収してしまうに違いないと思い続けていたことの方が大きい。

 一番弟子が驚くほど上達してきたので、受け入れる土場が育ったと判断して、具体的に腰回しを指導するようになった。まあ、指導の過程で、自分の腰回しを多分に修正していくことになると思うが、逆に楽しみである。つたない文面からは把握しにくいが、読者の方々には忌憚ないご鞭撻を頂ければ幸いである。

 さて、腰回しと言うと、へそ踊りなどと揶揄されることもある。インターネットでも、馬鹿にする発言がチラホラあるが、腰回しと言う単語に興味を持って頂いただけでも有難いと思うことにしている。

 先人が腰回しと命名したのだが、集約した言葉はどうしても語弊を生じさせてしまう。回すのでも、捻るのでもない。恐れ多いことなのだが、将来的には別の呼び方にしたいとも考えている。

 腰回しは、怪力を得るためではなく、相手を騙して、すかして、空間をつくって潰して、入身する一連の動作の源である。

 このように記述すると、「臍下丹田に気をしずめて腰で動く」という一文が思い浮かぶ。腰が先導すると考えてしまうが、これは思い込みであると導き出している。心臓の傾きが起点であり、腰、運足、手刀は、心臓の滑りと向きに従うのである。

 腰回しには、背骨を中心軸とした一軸法ではなく、心臓の左右表面を通る二軸法を提唱している。回転軸ではなく、軸の切り替えが重要であり、心臓の下まで腰は裂けている。

 軸の切り替えは、常識的に考えられるものと逆になっている。このことが、騙しを生み出していると感じている。

 ここでは、腰回しの総論にとどめて、後日、体捌きで具体的に説明していく。


P.S. 一番弟子は、違いは感じているが、混乱している様子。それでも、粗削りではあるが、稽古の終了時には何とかまとめてくる。まあ、次回の稽古でできるかは半分半分なのだが。。。
 
 『騙し』を使わずして、合気道を語るなかれ。

 騙しにもいろいろあって、『一瞥』はかなり高等技術である。

 まず、戦いにおいて、自分の目線は相手の心臓辺りを照準として、相手の全体をぼやっとみる。相手の眼をずっと見て、戦うのではない。

 さて、面白いことに、不意に相手と目線が合ってしまうと、お互いに一瞬停止してしまう。これを利用してみようというのである。

 本来は相手も自分も停止してしまう瞬間を、自分だけ抜け出す。相手は、動けなかったとか、動きに付いていけなかったと感じる。つまり、相手の時間を止めた空間を、自分だけが動くことと同等なのである。この術を『一瞥[いちべつ]』と呼ぶことにする。

 原理は単純であるが、なかなか修得できるものでは無い。相手が違和感を感じて目線を合わせてくれることも、間合い良く真に目線が合った時に自分の停止を解くことも、結構難しい。一瞥だけを練習しようとすると、これまた滑稽な風景となり、あまり意味がない。頭の片隅に置いておいて、たまに意識して使ってみることとしよう。
 

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