ガレコレ [Garage Collection]
2015年11月29日(日)
理論と慣れは両輪 ■合気道
 卵が先か鶏が先かということはナンセンスであるが、修行段階によって理論が先か慣れが先かが変わってくる。

 物事の習い始めは、間違いなく慣れから始めなければ続かない。理論を説かれても、受け止める度量かないからである。

 そのうち慣れだけでは満足しなくなり、理論を教えてほしくなる。

 最後には、自分で理論を考えるようになる。

 完全なる理論に至るには、理論を考え、その通りに動けるのか慣れるまで行う必要がある。理論が例え正しくとも、慣れるまでとことんやられければ、十分な検証とは言えない。残念にも、上手く行かなければ、修正なり、破棄なりすることになる。

 理論を考え出すには、様々なところからのヒントを要する。歌うことだったり、農業だったり、パソコンだったり、意外なところにヒントが潜んでいる。合気道に専念するとして無い知恵を絞るよりも、丁寧に生活していれば気づくことも多いと思う。

 政治なども同じと思う。政治的手法や経済的手法に囚われず、道に生きる人の生き様を参考にすることは、今までもブレークスルーに必要不可欠なことであったはず。安倍政権は、まさに政治的手法や経済的手法、つまり王道の感じが伝わってくるが、過去の政治家が間違えた道を再び歩んでいるイメージがとてつもなく強い。

 話を戻すと、修行段階によって、理論が先か慣れが先かが変わり、両輪をもってして初めて前進できるというものである。
 
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